MACS blog

2019年11月11日

韮山反射炉

先週の週末は、中小企業家同友会の催しで、伊豆方面に行って来ました。
目玉の一つが、韮山反射炉でした(テレビの鉄腕ダッシュでも反射炉を作っています)。
これを主導して作ったのが、代官の江川英龍です。
彼は、オランダの書物を頼りにこの反射炉を作りましたが、かなり試行錯誤をして苦労して作ったようです。
建物の高さは、15.7mなんですが、この高さが一番空気が勢いよく流れるそうです。
この高さは、これ以上でもこれ以下でも良くないそうです。
造られたのが江戸末期なんですが、台風とか地震に負けずに今まで残ってこられました。
韮山反射炉.jpg
残った一番の理由は、基礎工事にありました。
何十本もの松の木の杭を打ち込んだそうです。
何年か前、その松の杭が腐っているだろうと一部掘り返したそうですが、全然無事だったそうです。(腐っていませんでした。空気に触れないと腐らないとのことでした)
未だに残っている木造のお城などは、同じように松の杭が土台にたくさん打ち込まれているそうです。
そして大砲づくりですが、これもまた大変だったそうです。
これも試行錯誤末に完成させたのですが、120門作り、大砲としてモノになったのは、たったの4門だったそうです。
一番の難関は、この当時の鋳造技術としては丸い棒にするのが精いっぱいでした。(中空にすることが出来なかった)
それで、砲身の中を削るのですが、これもまた削る刃物がありません。
それで、日本刀などの製作で実績のあった刃物を利用しました。
これは、鋳造した砲身よりは少し硬かったの削ることが出来たのですが、17日間ほぼぶっ通しで加工したそうです。
時間がが掛かったのは、当然と言えば当然ですが、刃物の切れが悪かったのと摩耗が激しかったので頻繁に刃物を交換しなければなりませんでした。
そして最後の難関が、真直ぐに削ることです。
当時は、たぶん刃物台にガタがたくさんあり、ガタガタと揺れ振動しながら削っていたと思われます。
そして、刃物を支える工具も強度が全然なかったと思われます。
その結果中をくり貫けたとしても、砲身の中はらせん状に波打っていて、とても使い物にならなかったそうです。
それで4門だけが使用することが出来ました。
射程は、800メートルほどあったそうです(そこまで飛んだ)。
で、残った116門の大砲みたい(外見は大砲です)なものは、それはそれで使いました。
江戸湾に、砲台を何か所も作って外国船に対抗しようとしていたのですが、偽造砲として砲台に並べたそうです。
遠くから見たら、大砲がたくさん見えたそうです。
(日本人的発想?でしょうか)
posted by seiho at 18:12| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする